たまにしか書かない詩人のように 

詩のようなもの、これらの恥ずかしい日常に。  恐怖に目覚めたら嗤うがいい辛くなったら感性の目覚めを喜べ、羽を手に宿命の鍵を拭け

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猫の目

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    弁当をすてるな

      絶望という名の電車に乗り
      無気力という名の駅に降り
      欲望という名の弁当を買い
      幻滅という名の断崖に立ち  
       弁当を棄てるな !

      


    だれにも

      だれにでも愛されないわたしは、
      だれにでも優しいひとになりました
      だれにでも優しいひとは
      だれからの愛をもとめません 
      そうしてだれもその事をしりません




    意味は

      意味は貴方だって事さ、貴方は無意味ではないだろう?
      月に名前があるようにその形に月は巡るじゃないか 
      意味は貴方だって事さ、貴方は無意味ではない!
      月が毎晩姿を変えるように
      いつも同じじゃつまらんだろう





    創造も発想も後(うしろ)の方から来ると前頭葉が言い出して潜在無意識脳幹松果体

    
    ときどきどきどきどろどろと鉄塔ゆらす高圧電流


    みちびかれ行く手さえぎる鋼鉄の雨に打たれて咲く花の色
    

    いつの日か眠りの前の夢心地叶わぬ想いあてもなくゆく 


    閉じられたパソコン隙間2ミリほど頭挟んで今夜の寝床
    

    音売りの売り声高く聞えども晴天来ないぞ虹は出たけど
 



        
    とどかない
    想いはいつも
    手のなかの
    メイルに書いて
    自分にとどく



              さよならと
              ブログに書いた
              午前2時
              台風来るから
              嘘の絵手紙 



                        駐車場
                        一台だけの暗がりは
                        そのための場所
                        そのために来た

 

  外灯の影を落とした背中から
  ごきげんようさようなら
  ではこの次にまた今度 



  地球の全てが夜にならないように
  人の一生が夜のまま終わる事は無い 
  さあ寝なさい 
  さあ寝なさい
  そうして朝が来たら
  別の夜が待っていた



      知りうる筈の知りえない
      知ったつもりの知りたくもなく
      知りに知らない知る気もない
      知るほどつらい知るつらさ    



なんのしがらみ 
なんとしょ
なんと
いきてく
ふうわふわ

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雑記-

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www現代詩などの意味不明率は異常に高いのでご注意ください(特にタイトルにダダとあるもの)芸術の一分野として感覚で御理解下さいwww 

当ブログの目的は、大まかに言えば日常と非日常との乖離と融合です、遠地に行かなくとも言葉だけでどこまで日常茶飯や常識を超えられるか。また癒しや和み精神的な解放の究極は、自由な宇宙をどれだけ持っているかではないでしょうか、その為のヒントになれば幸いです。

詩を書くという行為は一種瞑想のような独特の世界に入る事があります、どこかしら特殊な宇宙から言葉がやって来る感覚です、これは詩を書いた事のある人なら誰でも体験した事があると思います、そこから弾けた言葉をなるべく忠実に書いてみたいです。



この詩人--種田山頭火

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 四月一日 晴――曇。

徹夜不眠、しゆくぜんとして寝床から起き上つた、あゝ、どんなに思ひ悩んだことか。
反省自覚。――
節度ある生活。
小鳥がいろ/\来ては鳴く、鶯も鳴いてゐる。
私にも春が来てゐるのだが、何となやましい春!
青春のなやみと老境のなやみ、だいたい、老境にはなやみなんどあつてはならないのだが。
身心共に貪るなかれ、たとへば微酔にあきたらないで泥酔にまでおちいることもホントウではない。
食慾減退、とても大きな胃袋の持主の私なのに。
蜂がしきりに鳴いてそこらを飛びまはる、おまへもまた落ちつけないのか。
街へ油買ひに、ついでに入浴、さつぱりした、のうのうした。
春、春、春、まつたく春だ。――
さくらもちらほら三分咲き、金鳳華咲いてこゝかしこ。
そして議会はとつぜん解散になつた。
何もかも動揺してゐる、私自身のやうに。
夕方、暮羊君来庵、先夜の脱線ぶりを互にぶちまけて笑ふ(私はむしろ泣く気持だ)。
人生はひつきよう泣き笑ひらしい。
招かれて、いつしよに行く、奥さんの手料理でほろ/\酔うて戻る。
自浄吾意、――そこに建て直しの鍵がある。
猫が虎のやうになる――なりきらないところに、そこに悲喜劇の科介マヽがあらはれるのだ。
今夜も眠れさうになかつたが、何となく気が明るく軽くなつて、明方ちかくなつて睡れた。
夜をこめて恋のふくろうのたはむれ、彼等は幸福だ、幸福であれ、といふのも人間の愚痴だらう。
□アルコールは離れがたマヽない悪魔だ。
 酒を飲むことは、酔うて乱れることは、私の Karma だ。
□狂か死か、それとも旅か(今の私を救ふものは)、或はまた疾病か。
□死線を超えるごとに、彼は深くなる、それがよいかわるいかは別問題だ。
□そこに偶然はない、必然があるばかりだ。
□時としてはよい種子も播け!
   今日の私の買物
一金十五銭  石油三合
一金十一銭  マツチ大函
一金十銭   ハガキ五枚
一金五銭   切手十枚

┌いとなみ――労働┐
│        ├たのしいはたらき
└たはむれ――遊戯┘



其中日記(十)より

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戦前日本の俳人。よく山頭火と呼ばれる。自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人。1925年に熊本市の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名。本名・種田正一。1882年(明治15年)12月3日 - 1940年(昭和15年)10月11日)
大正15年寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行い、旅先から『層雲』に投稿を続けた。1932年(昭和7年)郷里山口の小郡町(現・山口市小郡)に「其中庵」を結庵したが、体調不良から来る精神不安定から自殺未遂を起こす。その後東北地方などを旅した後、1938年(昭和13年)には同町湯田温泉内の「風来居」、さらに1939年(昭和14年)松山市に移住し「一草庵」を結庵。翌年、この庵で生涯を閉じた。享年58。

------------------------------------------------------------------------Wikipedia-------

この詩人--石垣りん

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シジミ

夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。

「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」

鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。



  
  崖

戦争の終わり、
サイパン島での崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体栽やら
何やら。
火だの男などに追い詰められて。

とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまににする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。



   くらし

食わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙



  その夜

女ひとり
働いて四十に近い声をきけば
私を横に寝かせて起こさない
重い病気が恋人のようだ。

どんなにうめこうと
心を痛めるしたしい人もここにはいない
三等病室のすみのベッドで

貧しければ親族にも甘えかねた
さみしい心が解けていく、

あしたは背骨を手術される
そのとき私はやさしく、病気に向かっていう
死んでもいいのよ

ねむれない夜の苦しみも
このさき生きてゆくそれにくらべたら
どうして大きいと言えよう
ああ疲れた
ほんとうに疲れた

シーツが
黙って差し出す白い手の中で
いたい、いたい、とたわむれている
にぎやかな夜は
まるで私ひとりの祝祭日だ。



  銭湯で

東京では
公衆浴場が十九円に値上げしたので
番台で二十円払うと
一円おつりがくる。

一円はいらない、
と言えるほど
女たちは暮らしにゆとりがなかったので

たしかにつりを受け取るものの
一円のやり場に困って
洗面用具のなかに落としたりする。

おかげで
たっぷりお湯につかり
石鹸のとばっちりなどかぶって
ごきげんなアルミ貨。

一円は将棋なら歩のような位で
お湯のなかで
今にも浮き上がりそうな値打ちのなさ。

お金に
値打ちのないことのしあわせ。

一円玉は
千円札ほど人に苦労もかけず
一万円札ほど罪深くもなく
はだかで健康な女たちと一緒に
お風呂などにはいっている。



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石垣 りん(いしがき りん、1920年(大正9年)2月21日 - 2004年(平成16年)12月26日)は、詩人。代表作に「表札」。

東京都生まれ。4歳の時に生母と死別、以後18歳までに3人の義母を持つ。また3人の妹、2人の弟を持つが、死別や離別を経験する。小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えた。そのかたわら詩を次々と発表。職場の機関誌にも作品を発表したため、銀行員詩人と呼ばれた。『断層』『歴程』同人。

第19回H氏賞、第12回田村俊子賞、第4回地球賞受賞。教科書に多数の作品が収録されているほか、合唱曲の作詞でも知られる。

--------------------------------------------------------------------------Wikipedia-----



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